「巡礼」と「巡拝」「順拝」と「遍路」

 「巡礼」も「巡拝」も、宗教上の聖地や霊場、寺院を礼拝して回るということでは同じです。

しかし、「巡礼」は西国三十三番観音霊場、イスラム教のメッカ、キリスト教のエルサレムといった聖地巡りのように、信仰対象が一仏、一尊、一神に限定され聖地、霊場巡りを意味していると考えられます。

これに対し、「巡拝」は、四国八十八ヶ所霊場のように、観音信仰だけに限らず、大日如来、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩、虚空蔵菩薩、不動明王など各霊場の本尊はそれぞれ異なります。つまり、遍路行の信仰対象は特定の一仏、一尊に限らないので、四国遍路の場合は「巡拝」と呼びます。

ただ、すべて弘法大師の足跡、ゆかりの霊地を巡る信仰の旅という面からととらえれば、「巡礼」とも言えます。

しかし、四国遍路の場合は、大師信仰と同時に、各札所の本尊にも礼拝するという両面性があることを考えれば、「巡拝」がふさわしいと考えられます。

四国霊場会では「巡拝」に統一しています。

「巡拝」に対して「順拝」の語もあります。「奉納八十八ヶ所順拝同行二人」と印刷された納め札もあるのです。順番に巡り礼拝して行くのだから「順拝」で、「巡拝」はただ礼拝して巡るだけで、札所の順番とは関係ないように思うという声もあります。

ことばとしては、正確には「巡拝」のようです。辞典によっては「順拝」の語はありません。

「順」の語義は、「したがう」「すなお」です。もちろん「順に」という意味もあります。「順に」という意味もあるため、「順拝」を順番に礼拝するという意味に解釈している人もあるようです。

「遍路」は、信仰をもって聖地、霊場、寺院を礼拝して回ることを総称して「遍路」と言っています。

「お四国」には「遍路」がふさわしいと感じます。